命を与えるという夢の行き着く先『大長編ドラえもん VOL.17【のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記】』が描いた創造と責任

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今日ご紹介する漫画は『大長編ドラえもん VOL.17 のび太のねじ巻き都市冒険記

この記事では、『のび太のねじ巻き都市冒険記』が描いた「命を作る欲望」「空想が現実に近づいたときの怖さ」、そして遺作として残された表現の意味を整理する。
派手さよりも思想の重さが前に出る本作を、ドラえもんSFの一つの到達点として読み解いていく。

目次

『大長編ドラえもん VOL.17【のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記】』ってどんな漫画?

のび太が二十二世紀の福引きでもらった外れ券。
それと引き換えに手に入れたのは、広大な草原と美しい森、湖をそなえた小惑星だった。

のび太とドラえもん、そしてジャイアン、スネ夫、しずかの五人は、その星に「ねじ巻き都市」を作ることを思いつく。
生命のねじを使って、ぬいぐるみや人形、ラジコンにまで命を吹き込み、さらにタマゴコピーミラーによって新しい生命を次々と誕生させていく。

やがて落雷をきっかけに、高い知能を持つぬいぐるみ・ピーブが誕生したことで、ねじ巻き都市は環境を大切にする理想的な大都市へと発展していく。
しかしその平和は、前科百犯の凶悪な脱獄囚・熊虎鬼五郎の侵入によって一変する。

鬼五郎は偶然タマゴコピーミラーを手にし、自分自身を大量にコピーしてしまう。
平和だったねじ巻き都市に、凶悪な鬼五郎が次々と現れ、大混乱に陥っていく。

何も知らないのび太たちは、この異変にどう立ち向かうのか。
命を生み出すことの喜びと危うさが交錯する、空前絶後のスケールで描かれる大長編ドラえもんシリーズ第17作である。

作品情報

作品名大長編ドラえもん VOL.17【のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記】
作者藤子・F・不二雄
巻数全1巻
ジャンルSF/小惑星/人形/ブタ
掲載誌月刊コロコロコミック(1996年9月号から1997年2月号まで)
アニメ映画1997年3月8日

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ねじ巻き都市が描いた「命を作る」という人類の根源的な欲望

人形が意思を持って動いたらいいのに、という誰もが一度は抱く願望

無機物が意思を持って動き出したらいいのに、という発想は、多くの人が子どもの頃に一度は抱いたことがある願望だろう。
本作は、その素朴な夢を「生命のねじ」という極めてシンプルな仕組みで具現化する。
ねじを巻けば命が宿る。この分かりやすさが、作品の入口として非常に強い。
しかし物語が進むにつれ、その夢は単なるロマンでは終わらない。
命を与えた存在は自律し、増え、社会を形成し、やがて人間の想定を超えていく。
ここで描かれているのは、創造の喜びと同時に、創造主が背負う責任だ。
ねじ巻き都市は「命を作ること自体」が問題なのではなく、その後を見届ける覚悟があるのかを問い続ける。
ドラえもんのSFは常に人間の願望を出発点にするが、本作ではその願望が最後まで肯定も否定もされない。
ただ結果だけが淡々と積み上がっていく。
その距離感こそが、本作を甘いファンタジーに終わらせていない要因だと言える。

火星に生命がいたという設定が、空想から現実に近づいた時代背景

作中では、火星に生命が存在していたという設定が重要な意味を持つ。
発表当時は明確にSFの領域だったこの発想は、現代では探査機や研究によって現実味を帯びてきている。
火星に水の痕跡があり、生命の可能性が議論される今、本作の設定は「昔の空想」として片づけられなくなった。
ここで重要なのは、藤子・F・不二雄が科学の進歩を楽観的にも悲観的にも描いていない点だ。
生命がいたかもしれないという事実そのものより、人間がそれをどう扱うかが焦点になっている。
ねじ巻き都市と火星文明は地続きのテーマであり、どちらも「見つけたものをどう管理するか」という問いに帰結する。
空想が現実に追いつかれたとき、物語は寓話ではなく警告に近づく。
本作はその境界線に立つ作品として、今読むことで別の重みを持つ。

藤子・F・不二雄先生の遺作として刻まれた思想と表現の積み重ね

『のび太のねじ巻き都市冒険記』は、藤子・F・不二雄先生が遺した最後の大長編である。
そのためか、物語の冒頭数ページでは、キャラクターの表情や線にわずかな違和感を覚える読者もいるかもしれない。しかし読み進めていくうちに、その違和感は自然と消え、むしろ物語全体が静かに、しかし確かな筆致で描かれていることに気づく。

本作で一貫して描かれているのは、「人間が生み出したものは、人間の都合だけでは制御できない」というテーマだ。
ねじ巻き都市は、善意と好奇心から始まった理想郷でありながら、人間側の身勝手な行動や、暴力、欲望によって簡単に崩れていく。
その構図は、人間による公害や戦争といった現実世界の環境破壊と重なって見える。

この問題意識は、本作だけのものではない。
『のび太とアニマル惑星』『のび太と雲の王国』など、藤子・F・不二雄先生が長年描いてきた「文明と自然」「便利さと責任」というテーマの延長線上に、本作は確実に位置している。
遺作でありながら、急いでまとめられた印象はなく、むしろこれまで描いてきた思想を、もう一度丁寧に置き直した作品だと感じられる。

演出面でも細かな積み重ねが光る。
物語の日数が経過するごとに、キャラクターたちの服装がきちんと変わっている点はささやかだが重要だ。
時間が流れていること、世界が連続して存在していることを、説明ではなく視覚的に示している。
それでいて、ドラえもん、のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫には、それぞれ頭文字をあしらった服を着せるなど、藤子・F・不二雄らしい遊び心も忘れていない。

本作は派手なクライマックスを用意する作品ではない。
しかし、「人間は何を生み、何を壊してきたのか」「それを自覚したうえで、次の一歩をどう踏み出すのか」という問いを、最後まで手放さずに描き切っている。
その姿勢こそが、この作品を単なる冒険譚ではなく、藤子・F・不二雄先生の思想の集大成として成立させている理由だろう。

なお『のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記』は、漫画版だけでなくアニメ映画としても映像化されている。
原作で描かれた「人形や機械が意思を持って生きる世界」という発想は、映画ではより直感的で分かりやすいビジュアルとして再構成されており、命を生み出すことの喜びと同時に、その責任や危うさが強調されている。
また、本作は藤子・F・不二雄先生の遺作という背景もあり、作品全体に流れる穏やかさと静かな問いかけが、映像を通してより深く伝わってくる。
漫画と映画を見比べることで、「夢のような世界」と「現実に引き戻される感覚」の対比が、より鮮明になるだろう。
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中の人のあとがき

漫画の旅人

大長編の第十七作目。
藤子・F・不二雄先生の遺作。
人間達による公害や戦争による環境破壊。
今までの藤子・F・不二雄先生が描いてきたテーマを忘れずに作品が作られている。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
この記事が『大長編ドラえもん VOL.17【のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記】』に興味を持つきっかけになれば幸いです。

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